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2007年5月31日 (木)

34歳

200705312039000 今日、私は34歳になりました。

朝から友だちからメールや会社の友人からミニブーケをもらいました。本当にありがとう!!

私は友人の誕生日にうっかりして、一言掛け忘れてしまうことがよくあるので、そういう心遣いを本当にありがたく思うし、そういうことができる人って素敵だなって思います。

今日、私は34歳になりました。世間から見れば、いっぱしの大人。大人になっていくせいか、年々失うものもあるようです。今日、そんなことを感じるエピソードがいくつかありました。

今日、ある友人から突然のメールが来ました。それはここ5年ほど疎遠になっている高校生の時からの親友でした。彼女とは高校2年生からつるんでつるんで、ある男の子とのことで揉めたこともあったのに、それでも和解して、何でも相談して、遊んで、話して話して、という間柄で親友で、社会人になってからも仲良しで、国内、海外と旅行に行ったし、いい友だちでした。

でも彼女が23,4歳頃からねずみ講的なサイドビジネスを始めて、かなり私はそういうサイドビジネスに嫌悪感があったんですが、彼女が本気でやるなら、その組織には入れないけど、商品を買うことくらいなら、協力できると商品を買ったりしてましたが、その後さらに、別のサイドビジネスを始めて、どうしてもといわれてもう一人の友人と説明会にも行きましたが、興味がない私達の姿に呆れられ、”どうせ、うめめだかちゃんに買えるような商品じゃない。”というようなことを言われて、協力できなくても、理解しようと思っていたので、私達の堪忍袋の緒が切れて、それから疎遠になっていたのでした。

私は親友でなければ、そんな説明会にもまったくいかないし、もう縁がなかったと思うだけなのですが、その彼女とはそれよりも前に何年ものつき合いと、友情があったと思っていたので、その説明会にも行ったというのがあったのでした。もう一人の友人だって、同じ気持ちで行ったのに、そんなことを言われて、彼女はそのビジネスの人と高みを目指すと豪語していたし、私たちでなくその人たちとの関係をチョイスしたと思い、あきらめて過ごしてきました。

それなのに、今日”誕生日おめでとう”というコメントとともに”昔のような付き合いがしたい”という言葉が添えられていて、私は本当に複雑な気持ちでした。

私は”それは簡単ではない。”というようなことを返信してしまいました。そんな自分の返したメールを何度も何度も見返して、”これでよかったのか?どうだったのか?”と考えました。何人かの高校時代からの友人ともいろんな意見を交わしました。

気がつけば、私は大人になるうちにどんどんと頑なに、そして”屈託のなさ”を失ってしまったのではないかと思いました。

時を同じくして、10年来の別の友人と先々週くらいにくだらないことでケンカしてしまって連絡を拒否していたので、何でこんなに私はちょっとのことが気に障るようになってしまったんだろうと思ました。その友人は私より大人だったのでしょう、今日、電話をくれました。そんな気持ちを受け取ると、とても嬉しくなるのにそんな自分の頑なさが不思議です。

1年ずつ大人になるたびに、こうやって”頑な”になるのでしょうか?

昔だったら、もっと”屈託なく”笑い飛ばせたのに。

そんなことを考えた34歳の誕生日でした。

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2007年5月29日 (火)

ご趣味は?

こないだの週末、大人な飲み会をしてきました。

メンバーは私と同い年の34歳の男性5人と、私と同い年の私の友人と男性陣の友人である33歳の女性2人に、その後輩の女の子で5対5の総勢10名での大人の飲み会。

かなり大人数での大人の飲み会はひさびさだったし、場所も最近あまり行かない渋谷だったので、なんだかドキドキでした。私は男性陣の1人と10年来の友人なので、高校の同級生で実家も近所の友人を誘って行きました。他の女の子も私たちより少し下でしたが、とてもサバけていて、大体こういう飲み会で同席した知らない女とは仲良く出来ないんですが、今回は初対面だったのに、意気投合!女の子も変に狙ってる感がないし、さらに心遣いが細やかに出来て、大人の飲み会はいいなって思いました。それに時間が遅くなると、2次会とかに抜け駆けして行くような感じもなく、さらっと終ってなおいいです。

このメンバーのほとんどが、(私も含め)ゴルフをやる人だったので、それなりに話が盛り上がったのですが、ゴルフをやらない子に話を振るために『趣味は?』という質問が出たのですが、私の友人も答えに困っていたように、この年になるとこの質問って、答えることがなかったりする自分があります。皆さん、『ご趣味は?』と聞かれて、即答できますか???

私はその日は幸い、むちゃくちゃヘタだけど、ゴルフをやるという話を散々してたので、その質問は受けなかったのですが、先日新人の子に同じ質問をされて困っていた覚えがあるので、脇で聞きながら、”これって困る質問だな。”と思っていたわけです。

この年になって、本当に胸を張って言える趣味があればいいのですが、なんとなく改めて言うことでもない気もすることが多くて、私は困ってしまいます。

『趣味は?』といって、うまくもないし、最近怠け気味の”ゴルフ”と答えるのもなんだし、“読書”はたしかにしているけど、ライフワークみたいなものでやってるから、改めて言うほどのことでもないし。”音楽鑑賞”も“映画鑑賞”もみんなやってるでしょという感じだし。

”趣味”という言葉を『大辞林』で調べると...

[1] 専門としてではなく、楽しみにすること。余技。ホビー。

例) ―は読書と音楽鑑賞です

と書いてあり、文語体で見ると上のような用例はすんなり受け入れられるけど、会話の中では、私のキャラからいって、こんなフレーズ、声が上ずってしまいそうです。お見合いじゃないんだから...。

趣味って、わざわざ時間を使ってやってるもの(お金もかな?)で、専門まで行かなくても、そこにこだわりというか、凝りがないと言いずらい気がするのは私だけかしら。

なんだか、『ご趣味は?』と聞かれ、即答できて、話が盛り上がるようなものが欲しいです。

Blog 話は変わりますが、前段でライフワークと書いた読書の話。只今、敬愛するブロガーkateさんがブログに書いてらした水村美苗さんの『本格小説』を読んでいます。水村さんの本は大学生の時に『続・明暗』を読んだ以来です。それにしても、面白い!自伝的小説なので、そこにさらにリアリティがあって、どんどん引きこまれて、先が気になります。私は物語に引きこまれやすいタチなので、気持ちは物語の中の軽井沢にいる感じで、ここのところ少し上の空です。

あー、先が気になるー。

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2007年5月24日 (木)

またまた”かねまつ市”

今日、仕事を7時半に終らせ、8時までやってるかねまつ市に行ってきました。

なんとなく、あそこに行くとさして欲しくもないのに靴を買ってしまう悪いクセがついています。

私の場合、(昨年ぐらいから気づいたのですが)かねまつのショップのバーゲンの方がかねまつ市より、気に入ったものをゲットできる率が高いとわかってきたのですが、そのバーゲンまで待てない私がいます。

200705242106000 そして今回、23センチサイズはサンプル品が出ていたので、裏が革底の、こげ茶のバックストラップ靴を買いました。なんだか疲れていたせいか、なによりも履き心地がいいものが良かったので、先のとがった素敵な靴もありましたが、結局これを買いました。いいのか、悪いのかはよくわかりません。

他の人の透明バックをみると、こないだショップの人に散々薦められて買わなかった、職人が手仕事で作ったという2万ちょっとだったメッシュシューズを入れてる人がいるではないですかー。私の行った頃にはすでになかったけれど...。そういうのが放出されないかなと思ってみてましたが、時間が遅くなる一方なので、諦めました。だから運がよければ、掘り出し物に合えるのかも知れません。

たかが靴、されど靴な訳です。

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2007年5月22日 (火)

読書熱

200705222200000 ここ最近、また読書熱が出てきました。

今週末になかなか書かずにいた村上春樹訳の“グレート・ギャツビー”の感想文を書き終え、やっと本腰をいれて本格的な読書に入れると思いました。

その感想文(まるで宿題のようですが、単なる趣味です)が終らないばっかりにエッセイなどさらっと読めるものでお茶を濁してきましたが、大きい本屋に行くとあれもこれも読んでないという感じで、もっと学生のときにいわゆる文学作品を読むべきだったと痛感。

そしてまずは手始めに薄ーい文庫本のフランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは』(BONJOUR TRISTESSE)を読みました。

『悲しみよこんにちは』と聞くとパッと浮かぶのが斉藤由貴という私世代の方も多いのではないかと思います。(笑) それはさておき、この本ですがあまりにも先が気になり、3日ほどで読みおわりました。

フランソワーズ・サガンが1954年に、この作品をかいたのは18歳の時。そう考えると本当に天才だと思います。

主人公のセシルは17歳で、その父はヤモメで『年齢のない男達たち』と表現しているように、若々しく、女たらし。その父とセシルは2人で自由で陽気で愉快に暮らしていた。その年の夏はパリから移動して南仏の別荘で過ごした。その別荘での出来事がこの話の中心となる。その別荘ではセシルと父と父の愛人エルザとの3人奇妙な生活が始まり、そこに亡き母の友人だった42歳のアンヌが現れ、その知性的で聡明で、洗練されたアンヌと父が一夜のうちに結婚を決めてしまって、セシルは父とアンヌを引き離そうとし、策略のシナリオを考え、彼氏であるシリルと父に振られたエルザと共謀して、それを実行する。その続きは書きませんが、なかなか面白い展開で、先が気になる話です。

それにしても、18歳でこれを書いたってすごい。その当時のサガンがこの話に出てくるセシルそのもので、シニックで、クールで、知的で大人びているけれど、体は子供らしいそんな少女のような大人のような女性だったのかなと想像してしまいます。

主人公セシルは大人びたところと、ずる賢さと、父離れできない子供なところを持ち合わせていて、モラトリアムから抜け出せない少女がこの夏の経験によって、深く考えさせられ大人になっていく心情の表現が素晴らしいと思いました。さらに、この小説の舞台背景もいかにも粋に暮らす、美しいパリジャンたちが描かれていて、南仏でのバカンスの生活ぶりが今から50年前という古さを感じさせない鮮やかさを放っていて、さすがフランス文学という感じがしてしまいました。(でも、そういうと日本文学は古臭いかというと、漱石や志賀直哉などを読んでも、さして古さを私は感じないので、いつの時代も粋な人は粋なんだと思ったわけです。)

それにしても、短い話ですが、シンプルな中にサガンの知的なエッセンスがひかり、面白かったです。

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2007年5月20日 (日)

ジャラジャラ系をリフォーム

今年は、アクセサリーの重ねづけが流行っていますね。重ねづけに凝り始めると今までのシンプルなネックレスでは物足りなくなってしまい、ジャラジャラつけたくなってしまいます。でもそんな気持ちをいつも出勤前に押さえるようにしています。

200705201932000 先日、←3連のネックレスを試着もせず買って、家に帰ってつけてみると、なんだか違和感を感じ結局使えずでした。そう、いわゆるTOO MUCHなんです。

200705202046000 それで、手芸屋さんに行き、テグスとアジャスター付きクラスプセットと手芸用平ヤットコ(名前が面白い!)というのを買って、3連ネックレスを2連と1連の2本のネックレスに作り変えました。

アクセサリーを自分で作る人も多いようですが、私は初めてこういうことをしてみたので、これは面白いと思ってしまいました。

これで、このネックレスも無駄にならず使えそうです。

これなら長さの違うものと重ねづけして、今年のジャラジャラ系に対応できそうです。

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2007年5月19日 (土)

アネキと呼ばせて!

Index_hibi_03_4 ちょっとした時間つぶしに山本文緒の『日々是作文』を買いました。

この本は1962年生まれの山本文緒さんの31歳からの10年間に書き綴ったエッセイをまとめたものです。彼女の生活、恋愛感、仕事等についてよく理解できる内容になってます。

いままで私は彼女の小説を意識するわけでなく、結構読んではいるものの、例えば『恋愛中毒』や『あなたには帰る家がある』などを読んでも、なんとなくスッキリしない暗さのようなリアリティがあって、「この人、陰気な人なのでは?」思っていたし(この本を読んだら、とても面白い人でした。スミマセン。)、彼女のエッセイは初めてだったのでどんな人かなーと思って、ふむふむと思いながら読んでましたが、最後のほうは朝の通勤の寝る間も惜しんで読んでました。

彼女は作家になんて全くなれると思っていなかったようです。昔はあまり本も読まない人だったらしいし、普通のOLもしていて、たまたま書いた少女小説が佳作に入りそこから小説を本格的に書くようになり、OLも辞め、離婚もした。そして直木賞受賞そして再婚も。唯一日記というのを継続的に続けてらしいけれど、その普通の人っぷりがとても親しみやすい。

彼女は私より11歳上で、私の一歩先を進むアネキのようである。他人なのに、すごーく共感できて、私の考えてることと同じだーと思うことばかり。(それは読まないとわからないと思いますが...)

私には実の姉が4つ上にいるけれど、同じ親から生まれた割には考え方も体質も体型もまったく違うタイプ。唯一電話の声が似ているといわれるぐらい。姉は22歳から家を出てしまったので、冷静に考えると私は4歳下だから18年しか一緒に暮らしてないわけで、子供のときは私には私の同世代のコミニティーがあったし、彼女には彼女のコミニティーがあったので、一緒に遊ぶこともなかった。家に寄り付かなかった彼女に子供ができて、よく実家に来るようになったので、まともに話すことが出来るようになったのはここ7,8年ぐらいな気がする。だから姉といっても、全く違うタイプ。

破天荒でフウテンだった姉もさすがに子供が2人もできて、少しまともになったけれど、私よりも数段楽観的で、短気で、ある意味素直で、いいやつなのだが、やっぱり考え方は全く違う。彼女の美辞麗句を並べないアドバイスに私は救われもするのですが...。

だから、何をいいたいかというと山本文緒さんのような考え方や生き方に共感のできるアネキがいたら、すごくいいだろうなと思ったわけです。買い物好きなところも似てるし。

エッセイの始めの部分である31歳の彼女は離婚したばかり、はじめはバイトをしながら、小説を書いて、2001年には直木賞受賞、再婚。30代からから40代への移行の時期って、なんだかその後の自分の人生のあり方を決める大切な時期なのかもしれないと思う。

作家のエッセイといえば村上春樹が『遠い太鼓』(←これについても書いてます。)というのを書いていたが、彼の場合、40歳を迎えるまでの3年間海外を中心に生活した時のエッセイをまとめたものだった。40歳っていうのはやっぱり1つの重要な通過点なのかもしれないと思う。

山本文緒さんがこのエッセイの中で書いているように、
”今、自分がしていることは、人に押しつけられたことだろうか。自分が選んでしていることではないだろうか。(中略)そう思えるようになって私は楽になった。”

そう!自分していることは、結局は自分で選んでいることなんだ。いつの間にかこうなってしまったではなく、常に自分は取捨選択して自分の道を選んでいるんだと思う。いやだったら、やらなければいいだけなんだ。なんだか、そんなことを考えさせてくれる本だった。

山本文緒さん、アネキと呼ばせていただきます。

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2007年5月15日 (火)

ささやかなるエコ活動

ささやかなるエコ活動
今日のランチは雷も鳴ってるし近くのスタバ。

先日モディリアーニ展の帰りに渋谷の東急東横のDEAN&DELUCAでサーモマグタンブラーを買った。前々からずーっと買おう買おうと思いつつ、春になり、いまさらながら買った。

いろいろすでに見て、悩んで、スタバオリジナルサーモマグなどを買い損なったりしながら、結局これにした。

利用するのは結局スタバばかりだけど、他店でも使うことも考えて、どこでも気がねなく使えるソニプラの無地のを買おうとしていたが、DEAN&DELUCAのこれに一目惚れ。

私が買ったのはスモールの方でラテはショートしか入らないからカフェインの摂りすぎも押さえられるし(多少だけど)、持運びも苦にならず、GOOD!なんといってもあたたかいラテが飲める。

オサレにエコ。これが大事。ほかにもできることはないかしら?

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2007年5月13日 (日)

”モディリアーニと妻ジャンヌの物語展”に行きました

Main_v_2 今日は渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムに行き、”モディリアーニと妻ジャンヌの物語展”を見てきました。

前から気になっていたモディリアーニの作品が生で見られるということで、今日は会社の友人と行きました。美術の教科書等で見ていたあのモディリアーニの絵が自分の目の前にあるというのは感動でした。

イタリアのリヴォルノでイタリア人とユダヤ人の父母の間に生まれたアメデオ・モディリアーニ(1884-1920)は病気がちな青年だった。療養のためナポリ、カプリ、アマルフィ、ローマ、ヴェネチアと暮らし、フィレンツェとその近くのカラーラでも生活した。その中でシモーネ・マルティーニらで有名なシエナ派に傾倒したという。36歳で生涯を閉じた。妻ジャンヌ・エピュテルヌも画家で彼のあとを追って彼の死後2日後に自らの生涯を閉じた。

その二人の作品が隔てなく交互に並んでいてテーマ性の高い展示の仕方だったし、空いていてとても見やすかった。日本でなく他の国の美術館で見ているような気になった。

妻のジャンヌの作品はあまり知られていないと思うが彼女は静物画と本の挿絵なども得意としていた。モディリアーニの作品のように正面から人物を見据えて描くスタイルもモディリアーニと刺激しあっているようで良かった。

今回の作品展の中ではリトアニア出身の画家スーチンをモディリアーニ、ジャンニともに描いていてその表現の違いも面白かった。妻ジャンヌの絵は背景も明るく柔らかいタッチで彼女の作品もなかなかいい。

19世紀後半から20世紀前半のモディリアーニと同じ時代を生きた画家藤田嗣治の作品展が昨年とても素晴らしかったし、藤田の話にも登場する画家のハイム・スーチンや画商のポール・ギヨームなどが出てくるのもつながりがあり、私にとっては興味深かった。

”青い目の女”は今回日本に来ていない。これはパリ市立近代美術館に行ってみるしかないらしい。残念!モディリアーニがシエナ派に傾倒していたとは知らなかった私ですが、そう聞いて見てみると女性の顔の雰囲気や平面的な描き方はゴシック時代のシエナ派に共通するものを感じる気がして、ブルネレスキが見出したという遠近法の画法が使われる少し前のシモーネ・マルティーニの絵を思い出しながら見ていた。私の中での美術紀行の点と点がまた結ばれた感じで嬉しかった。

美術を見るって、専門的なことはわからなくても、すごくいい時間だと思う。本物の絵をみるとその画家の生きた時代背景や生き様を自然と知りたくなる。美術館での時間は自分が日本にいることを思わず忘れてしまう。なんだか充実した時間だった。日本でもこのくらいゆったりと、すっきりと鑑賞できる作品展とそういう美術館が増えてくれるといいなと思う。

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2007年5月12日 (土)

”クイーン”を見逃す

今日は土曜日だけど、出勤の日だった。

私が勤めるのは旅行会社なので、月に1回程度その当番が回ってくる。でも土曜の出勤は小学生の頃の土曜日の半ドンを思い出して、なんとなくウキウキする。

今日もそんな土曜出勤で4時に退社できる日なので、4時半から日比谷のシャンテシネでやってる映画『クイーン』を見に行くつもりでいた。なので出勤の前の8時半から列に並び4時半の回の指定席チケットを買ったのに、そういう日に限ってあと20分で仕事が終る3時40分に同僚から「うめめだかさん、DMできました。」と声がかかる。

「ええっー。」と見てみると、来月の営業強化商品のPRパンフだった。いまからDMを作るという。

私は映画のチケットを取ってしまったというものの、帰るに帰れない感じ。他の人がどんどんと帰って行って、その同僚一人でやるというのだもの。

他のセクションの先輩女性社員が休日出勤していたので、彼女にことの次第を話すと見たかった映画なのでということで、あと10分で始まると言うのに快く行ってくれた。真ん中の後方通路のいい席だったので、残念だった気もするけど、良かったと思う。

それにしても、自分で言うのもなんだけど、人がいいのにも程がありすぎると思った。仕事ばかり一生懸命になって、アホだと思う。

その代わりといってはなんだけど、コロナを飲みながらCATVで『解夏』を見てる。解夏(げげ)とは仏教僧が旧暦7月15日に安居(アンゴ)という修行が終わる時を意味する言葉らしい。たまには日本映画もいいものだ。

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2007年5月 4日 (金)

1升のタケノコご飯

私はタケノコが大好き。

でもスーパーで水煮で売ってるやつでなく、旬のタケノコ。全然味が違うんだもの。

GWに食べ逃したら、下手すると来年まで食べられないかもと思って、昨日スーパーで買って、夜からアク抜きをして、午前中からタケノコご飯を作りました。

200705041220000 私はここ1年ぐらいご飯は毎回圧力鍋で炊いていて、電気炊飯ジャーを使わない生活をしています。週末に1週間分のご飯を炊いて、ジップロックのフリーザーバック小に1食分ずつ入れて、冷凍庫で保存しています。

かなり破格で圧力鍋を買ったものの、使うタイミングがなかなか見つからず、だんだんと持て余しぎみになっていたのですが、ご飯を炊くのに使い始めてから大活躍。

ご飯って鍋で炊くとなんとなくおいしく感じるんですよね。圧力鍋で炊くときはまず強火でかけて、シュシューと言ったら、弱火にして5分経ったら火をとめて、蒸らすだけなんです。頭も使わず、すごーく簡単です。

200705041220001 話がそれましたが、それでいつもどおり圧力鍋でタケノコご飯を炊きました。1回に5合炊けるので、このあともう一回炊いてあわせて1升も炊いてしまった。

私のタケノコご飯は入れるのは竹の子と油揚げだけ。あらかじめ竹の子と油抜きしたおアゲをだし汁、お酒、醤油、多少のみりん、塩と煮ておいてから冷めたら、いつもどおりの水加減にするためにそのだし汁に水をたしてお米と一緒に炊くというやり方です。場合によっては具だけ取り出しておいてあとで加えるときもあります。

写真は午前中に炊いた1回目のやや薄味バージョンのもの。午後の2回目はもっと醤油も多く入れて濃いめのものも炊きました。

それにしても1升って。当分タケノコご飯が食べられそうです。

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2007年5月 3日 (木)

”バベル(BABEL)”見ました

BABEL”を見たあとに出た言葉は「参ったな。」と言う言葉。

友人の前評判で、前のほうの席だと見たあとに気持ち悪くなると聞いていたから、後ろから2列目の席を確保して、この映画に臨んだ私。すごく楽しみにしていたけれど、その前評判で「どうなのかな、この映画。」と思いながら、足を運んだのだけど...。

300pxbruegheltowerofbabel 「参ったな。」

深い命題を突きつけられた感じ。どうにもならないこんがらがった糸を解けといわれたような。

バベルを見る上で本当は旧約聖書の”バベルの塔”の章を読んで行きたいと思っていたけれど、私にはもっと優先するべき、たわいもない事柄が多くて、それはかなわなかった。

”遠い昔、人々は、ひとつの言語を話していた。神に近づこうとした人間は、天まで届く塔を建てようとしたが、神はその傲慢さに怒り、言葉を乱し、世界をバラバラにしてしまった-旧約聖書の創世記に登場するバベルの町の物語は、その後、混乱の象徴となった。”(雑誌FIGAROの映画”BABEL”の解説から)↑絵はウィーン美術史美術館のピーテル・ブリューゲルの”バベルの塔”

その旧約聖書の”バベルの塔”の意味合いを少しでも理解して、映画を見ると見ないでは、大きな差が生じると思う。そういう意味ではユダヤ教であるとか、クリスチャンの人たちのそういう世界観を理解する人たちの方がわかりがいいかもしれない。

この映画の中で、モロッコ人、メキシコ人、アメリカ人、日本人という複数の人種の人々が対照的に照らし出される。

例えば、銃弾に撃たれたケイトブランシェット演じるアメリカ人女性とたまたま無邪気にライフルの引き金を引いたモロッコ人の幼い兄弟。

ブラピ、ブランシェット演じるアメリカ富裕層の夫婦の家で働くメキシコ人家政婦とその甥でアメリカ国境でいわれもなく必要以上の検問を受けるガエル君演じるメキシコ人青年とそのアメリカ人夫婦の2人の子供たち。

バベルの末裔として隔てられた人々だけでなく、同胞でありながらも理解し合えない人々として、手話という言葉を持つが気持ちを伝えられない菊池凛子演じる聾唖の日本人少女と、銃弾に撃たれた妻と必死に付き添う夫を見捨てるマメリカ人ツーリストたち。

それらが絡み合う映画。映画でないと表現の出来ない世界だと思う。

それぞれの文化を持つ民族とそれらを隔てる言葉と国境。命の重さや人への尊重は同じでなければいけないはずなのに、事実ある格差。-まさに隔てられたバベルの末裔たち。

現実として、いまの世界は先進国からみた発展途上といわれる国の人々に対する尊重が同じ比重ではないのではないかというところをメキシコ人のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督はうまく表現していると思う。そういう暗黙の了解のような世界観の中でもはるかに人間らしく生きている人々が映し出される。

例えば、銃弾に撃たれたアメリカ人の妻とその夫を見捨てずに尽力し、別れ際に夫が渡しそうとした金を受け取ろうとしなかったモロッコ人ガイド。

アメリカ人夫婦の2人の子供を守るために必死で助けを求めたのに、不法滞在と不法越境で強制送還されるメキシコ人家政婦。

理解されないという不条理さが心を重くする。隔てられたバベルの末裔たちは理解しあえないのだろうか。なんだか完結するという感じでなく映画が終わり、自分の中でもどんな風に考えていいものかも答えが出ないような映画だった。

それぞれの悲しみが押し寄せる。無数の悲しみを見てしまった気がしてならない。

「参ったな。」とつぶやく私。

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この映画に対する感想は、何でも物事を掘り下げすぎてしまう私の悪い癖が含まれているということを差し引いて読んでもらえればと思います。自分の中でもまとまらないこの映画についての感想をそれでも自分の言葉で書きたい気がしてこれを書きました。

ほんとに参りました。

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