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2008年9月30日 (火)

やっと『コレラの時代の愛』を読みました。

 すっかり、秋らしくなり、夜には秋の虫たちの声が聴かれるようになりました。夜に一人の時間ができると、ビールを片手にほぼ毎晩、読書を愉しんでいました。ビールもちびりちびりという感じでしたが、今回の読書も大作であったため、毎日少しずつ歩を進めるように、ちびりちびりと読んでました。

Garcia_marquez_2  今回読んだ『コレラの時代の愛』は1927年、コロンビア生まれの作家で、ガブリエル・ガルシア=マルケスの作品。以前から読みたかった本でした。初めて、この本の題名を私が知ったのは、以前ブログにも少し書きましたが、ジョン・キューザック主演の『Serendipity(セレンディピティ)』というニューヨークを舞台にした映画でした。劇中で二人の男女が出会うアイテムとして、5ドル紙幣とこの『コレラの時代の愛』という本がキーワードになっていたんです。それでずっと気になっていたところ、先日映画化されたので、今回読んでみようということになりました。読み終わったので、DVDが出たら、映画のほうも見てみようと思っています。

 あらすじについては、ほぼ映画のHPのあらすじ書きで、書かれているで、割愛しますが、”51年9ヵ月と4日、男は女を待ち続けていた・・・・・・。”という本の帯が物語るように、主人公フロレンティーノ・アリーサ♂がフェルミーナ・ダーサ♀と婚約までしたのに、彼女から破棄された時から延々続く長い歳月。ひたすら思い続けるフロレンティーナ・アリーサだけに視点を置いているのではなく、フェルミーナ・ダーサ♀と結婚した医師フベナル・ウルビーノ博士♂との夫婦の機微についても書かれていて、その視点が区切れることなく、あちこちに展開されていって、大作で読み応えがあるんですが、飽きずにひきこまれていきました。

 1860年代~1930年代にかけてのコロンビアの地方都市が舞台。51年9ヵ月と4日、フロレンティーナ・アリーサ♂は待ち続けました。何をかというと、フェルミーナ・ダーサ♀の夫が亡くなって、一人になる日を。近くに接近しすぎることなく彼女を一方的に愛し続け、ついにその日が来て、行動にでるんです。

 ですが、彼がその51年9か月と4日、誰も愛さなかったかというと、彼女への愛を自分自身に誓っているので深入りしないように気をつけながら、テンポラリィで、または継続しつつも割り切りながら数多くの女を愛しながら、生きて行くんです。そんな様子や、やっとフェルミーナ・ダーサ♀と心を通じ合わせた時に、若い彼女ではもちろんなくて、すでに72歳の彼女は”たしかに老いの酸化したような匂いがした。”と彼は感じていて、こんなところにもとてもリアリティを感じてしまうのです。

 約500ページに及ぶ大作でしたが、ここまで読者を惹きつける著者の手腕に、コロンビアの大作家といわれる所以を感じました。

 一見すると、こんな話はあり得ないと思うんですが、その表現のリアリティが確かにこんなことが存在するかもしれないと思わせるんです。そして、注目すべきはフロレンティーノ・アリーサ♂がさえない青年から社会的地位もある紳士へ変容し、フェルミーナ・ダーサ♀は少し高慢な頑なさを少女時代から守り続けながら、気品ある淑女へ変容していくんです。そして、同じ立ち位置になって、ベストな状態で正式に再会するんです。ここら辺の描き方もさすがだと思ってしまうんですよね。

 久しぶりに読書の良さっていうものを改めて感じさせてくれる小説でした。自分の人生はひとつしかなくても、小説の中の他人の人生を見ることで、こんな人生もあるんだなと思ったり、今回の小説では老年になると、”酸化した匂い”がするんだーと衝撃を受けてしまいました。ガーン...

 この本が読み終わらないと、始められないことが多くて、いろんな事が頓挫していた私です。この後はちょっとライトな、深く考えずさらっと読める本を読んで過ごそうと思っています。

 ですが、これはオススメです。

 

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2008年9月29日 (月)

PC買い換えました!

 ブログを更新できず失礼しました。ここのところの私といえば、産後4か月までまったくいなかった”ママ友”というのができて(それにしても、この”ママ友”っていう通称ってどうなんでしょう。個人的にはかなり抵抗がある私は変なのか...)、”ママ友”という通称はともかくとして、急速に輪が広がって、毎日右往左往して、結構忙しかったりします。それにしても、世の中には若くて、経済的にも余裕があって、子育てにまっすぐな美しいママたちがたくさんいるものだと、ちょっとハスに構えていた私には、驚きの連続なのでした。

 それはさておき、実はちょうど5年たったPCが、ウィルス対策ソフトをバージョンアップしたのを機に、遂に動作が悪くなり、フリーズをたびたび起こすようになってしまったので、新しくPCを購入しました。半年前にリカバリしたのに、2度目のリカバリ、もう買い換えようと決めました。もう少しで書き終わりだった「コレラの時代の愛」の感想文はぶっ飛びました。トホホ...

200809290927000  今回はXPに替わり、Vistaになりましたよ。急遽のことで、キャンペーン価格的なものを選んでしまいましたが、それでも5年前に比べると、当たり前ですが全体的にコストパフォーマンスのいい商品になっていて、動作もいいし、容量が格段にアップしていて、快適PC環境になりました。

 決算セールのヤマダ電機で、ヤマダ電機オリジナルカラーのブラウンのFMV。オリジナルカラーなので、なおさら安いとのことで、これはしめしめと買いました。前回、わりに短命だったにも関わらず、安いのでまたFMVを買ってしまった私。どうなのよ、これってと思いつつ...。不覚にも、おまけのDVD-Rや2GBメモリー、メモ帳のおまけに負けた...。

 というわけで、ぶっ飛びましたが、ここのところちびちびと読み続けていた「コレラの時代の愛」については、次回書こうと思います。かなり、大作で、読み応えのある本でしたよ。

 急に寒くなりましたが、風邪などひかないように、お気を付けください。

 

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2008年9月14日 (日)

ジミー大西展に行ってきました。

 今日、ジミー大西夢のかけら展に行ってきました。子供を車に乗せ、首都高を飛ばし、銀座三越へ。

 朝10時半くらいに入ったので、そこそこ混んでましたが、バギーでもOKということで見てきました。

200809142021000  ジミーちゃんの子供時代のことを先日深夜にNHKでやっていたのをみて、とっても見たくなりました。0点の答案用紙の裏にかいた絵は、大変よく出来ましたというはなまるがつけられていたようです。そんな、キュートな少年だったジミーちゃんに、とても興味がわきました。以前からボージョレのラベルなど、気になっていたので、私には尚更興味がわいたのでした。

 狭いスペースでしたが、その分間近で見られて、奥様方がジミーちゃんの絵を前に「これはこういうことかしら...。」なんて、指をさしながら語り合ってたりして、大きな美術館の展覧会とは違って、作品というか画家と鑑賞する人との距離が近い感じがして、よかったです。

 そのあと、プランタンの先日オープンしたばかりの”生活の木”というショップでアロマオイルを買いにいったんですが、その途中に通ったギャラリー・ドゥ・プランタンで”マキヨウイチ”さんの個展が行われていて、時間があったら、もっとゆっくり見たかったのですが、その絵も素敵で心を揺さぶられつつ、今日は帰ってきました。

 芸術の秋を感じさせる1日でした。

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2008年9月11日 (木)

映画”Sex and the city”を見てきましたー。

Movie  今日、やっと映画”Sex and the city”を見てきました。TOHOシネマズでは、ママズクラブシアターという日をほぼ毎週木曜日の第1か2回の上映時間に設けていて、それを利用しました。落ち着いて見られるかというと、そんなことはありませんが、最新作をオンタイムでみるというのには価値があると思うので、有難いサービスです。

 この映画ですが、ドラマは全94話で、私はCATVで再放送をするたびに見てきたので、ほぼ全部見てきました。そして、いよいよ映画だったので、とてもわくわくして出かけました。

 率直な感想をいうと、ドラマのシリーズ終了後5年が経っているので、それぞれにキャストが円熟味を増したと感じました。内容としては、今回の映画でも注目すべきはキャリーとビッグ。予告でもキャリーの花嫁姿が出ているので、ドラマシリーズを見ている方はいよいよー?!と感じていたのではないでしょうか?

 ドラマを見てきた私としては、ドラマの最終回があまりにもいい結末だったので、途中あれれと思いましたが、結果としてはキャリーが40代を迎え、ブランドだけにとらわれることのない生き方をしていこうと、気づいたことに今回の映画の主題があるようです。

 あんなにブランドが好きで、ステイタスにも拘るキャリーがですよ!いつまで、その考えが続くのかは続編がない限りは、わかりません。

 それにしてもビックとキャリーの関係はまさに腐れ縁と呼びたくなります。ドラマと映画を通して、勝手ながら私はビックのことを”意外と偏屈な人”だと思っています。でも、結局のところ、今回の映画でビッグがキャリーに送り続けた、偉人たちの愛の言葉が綴られたメールをみると、ビッグは彼女の心を鷲づかみにするポイントをよく知っていて、やっぱりキャリーのことを、一番よく理解している人なんだと思うわけです。

 とはいえ、こんなに腐れ縁でも、”意外と偏屈”でもなんでも、いつも活火山のようにグツグツして愛さずにはいられない人がいるって、幸せですよね。

 それぞれのキャストのファッションは一流、今回もおしゃれでした。ドラマよりも全体に気合が入っていた気がします。ドラマを見ていないで映画を見た方が近くにいたら、「やっぱりドラマシリーズを見たほうがいいよ。」って、オススメしちゃうかな...。

 とりあえず、見てください。

 

 

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2008年9月 8日 (月)

新旧PATRICK

 今日も暑いですね。最近、全く服を買わない私。仕事をしていたときのヒールもビジネス向きの服も着ないうちに、捨てることになるのではないかと、たまにあせるときがあります。

 それはさておき、先日やっと希望のスニーカーが買えました!

200809071350000  紺色のスニーカーが欲しくて探していたんです。10年近く前に買ったパトリック(PATRICK)のマラソン(画像下)の紺のスニーカーがもうぼろぼろで、でも履き心地抜群で、気に入っていたので、ずっと履いていましたが、さすがに、みすぼらしくなってきていたので、今回気に入ったのに遭遇し、即買いしました。

 今度も、パトリックでSULLY(画像上)というシリーズのようです。以前のマラソンも最後の一足ですと店員さんに言われて買いましたが、今回もこのサイズは最後の一足だったようです。

200809081450000  思い起こせば、このマラソンのスニーカーで、広告組合の皇居の5キロマラソン大会に出場しました。(1回目は2位で、それ以後順位が落ちていった...)懐かしい。

 今度はこの新しいスニーカーで、また新しい思い出が出来るのかな。

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2008年9月 4日 (木)

余った桃の活用法

 余ったものの活用法シリーズ(?)、結構久しぶりです。

200808310939000  今回は桃。黄桃をもらったのですが、余ってしまって。子供の頃好きだった、牛乳かん(寒天に牛乳をいれたもの)とあわせるものとして、ほんのり甘い、コンポートを作ってみました。

<コンポートの作り方>

桃4個、グラニュー糖150g(私はグラニュー糖50gと蜂蜜を入れて甘さ控えめで作りました)、水600CC、レモン汁大さじ2

1、桃は水洗いして、鍋にグラニュー糖、水を入れて中火にかけ、グラニュー糖がとければ、桃とレモン汁を入れます。

2、煮立ったら火を弱め、浮いてくるアクをとり、キッチンペーパーに穴を数ヶ所あけ落とし蓋にし、軽く煮立たせながら煮ます。

3、二~三回ひっくり返しながら煮ます。竹串がすっと通れば火から落とします。

4、アラ熱が取れたら、3,4時間冷蔵庫で冷やし、そっと皮を剥きます。

 私はコンポートの液を利用して、鍋で寒天を溶かし、牛乳を加えました。(寒天の分量は購入した寒天のパッケージを参照してください。)

200808311146000  コンポートにすると、黄桃の桃の色が冴え冴えします。出来上がりは、まるで黄桃の缶詰みたい。当たり前か...。

 ちょっと、昔懐かしい、シンプルなデザートになりました。

 やさしい味の、夏向きデザートです。

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2008年9月 1日 (月)

『ノルウェイの森』、3度目の再読

 夜には真夏とは違う、コオロギなどの秋の虫の声が聴かれるようになった今日この頃。読書の秋も近づいてきてますね。

 『ノルウェイの森』の映画化の話を聞いたことについて、先日ブログに書きましたが、そのあと早速、読んでみました。結局、懐かしの私の41刷は出てこずに、図書館で借りて読みました。

 主人公”僕”は37歳で、18年前の19から20歳あたりを回想する冒頭から始まるんですが、私もその冒頭を読んで、とてつもなく懐かしい気分になってしまいました。私にとっても、初めてこの本を読んだのが、18年前だったので、その遠い記憶を思い起こすような気持ちを重ねてしまいました。

 今回3度目の再読なんですが、初回はバブルが弾け、ベルリンの壁が壊された翌年の1990年、2度目は2002年、そして今回3度目。

 恐ろしいほどに、細かいストーリーは忘れていました。でも再読して、この小説の良さをさらにかみしめることが出来ました。いわゆるベストセラー小説と呼ぶのは憚られるような繊細なタッチ。この小説を支持した大人がこんなにこの時代はいたんだと、ちょっと羨ましくなるくらい。

 前回の2002年に読んだときの感想文が出てきたので、それを読んだ後だと、そこにあまり触れられいないところに着眼して読んでいました。これまでは”僕”の親友キズキの幼馴染であり、恋人で、キズキが亡くなったあとに愛した直子に着目して読んでいましたが、今回は、”僕”と同じ大学で、ちょっと風変わりで、でも父と母の看病をして、精一杯に生きる緑に着目してしまいました。

Murakami_2  この小説は実は、対比される人物が何人か登場していて、緑と直子いうのも生と死という対比になっていると思いました。

 ”僕”という人は、大切な人々を失いながらも、生きていく。そして、”生きていくための代償”を払って生きていくという覚悟を決めます。

 私が高校時代に読んだように、同じ世代の高校生、大学生が読んでもいいし、回想している37歳の”僕”のような大人が読んでもいい本だと思いました。

 でも、タフな大人でないと読んだあとには、軽く心が動揺するかもしれません。私は、タフな大人ではないので、読んだあとにまたもや動揺してしまいました....。

 不思議なことに気が付けば、いま私が好んでいることは、この小説の主人公の”僕”と重なることが多く、たぶん高校時代にこの小説に大きく影響を受けて、傾倒し、自分の趣向を重ねたのではないかと思う節が多々ありました。たぶん、『グレート・ギャッツビー』を読んだのも、この小説の影響であると思います。そんなことはぜんぜん覚えていないのですが、この小説を再読して、ふと思いました。

 最後に、主人公の”僕”という人物にとても惹かれます。彼は基本的な自分のこと、身の回りのことが出来る基礎力のある男性で、冗談を言いそうにないのに冗談を言うようなちょっと変わったところもあり、他人に流されないようなタフさを持っているというか、持つような鍛錬を自然にしている人で、高校生だった私も彼に惹かれたように、35歳の私もそんな小説の中の彼にとても惹かれます。

 何度読んでも、読み飽きない本です。

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