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2008年10月 9日 (木)

オーヴェール・シュル・オワーズの思い出

 ふと思い出してみれば、去年の10月9日はフランスのパリ近郊のイルドフランスのツアーに出発した日でした。そんなことを思い出して、書こうと思います。私が好きな芸術家は1800年代後半から1900年代初頭を生きた人が多く、特に作品から、その人の苦悩の人生が見え隠れするような人が好きです。たとえば、モディリアーニ、スーチン、そしてゴッホは作風といい、絵が彼らの人生を物語っているようで、とても好きな画家たちです。

 書こう書こうと思いつつ、オーヴェール・シュル・オワーズのことを書かないまま、月日が過ぎていたのでした。そのイルドフランスのツアーで、いろいろと印象に残るところは多いのですが、このパリの北西、電車で1時間のところにある、セーヌ川の支流オワーズ川のほとりのオーヴェール・シュル・オワーズと画家シスレーが愛した街として知られるロワン川のほとりにあるモレ・シュル・ロワンは特に印象に残っています。

 話をオーヴェール・シュル・オワーズに戻しますが、画家ゴッホが37歳の若さで拳銃自殺をしたところでもあり、その亡くなる前の約2か月を過ごしたところです。

S_ravoux_2  ツアーのスタートはゴッホが下宿したラヴー亭でした。正面はバスを降りてすぐだったので、写真におさめる暇がありませんでした。なので、左の画像は絵ですが、ほぼ今もこのままでした。この屋根裏部屋にゴッホが住んでいました、今は簡易ベットなどがおかれた部屋とゴッホについてのスライドショー(日本語あり)のスペースとして使われています。部屋は狭く、薄暗い感じでした。壁や家具などはあくまでも再現なのですが、薄暗いのはその時代と変わらないと思います。部屋の下の階に売店もあります。

S_caffe  1階(現地では0階)は現在はオーヴェルジュ・ラヴーという名でカフェ・レストランとして営業しています。味もよく、地元の人気店のようです。

 ラヴー亭をでて、ゴッホの描いた”オーヴェールの教会”に行きました。この絵は、ここS_ch に来る前にすでに、見たことのある絵でしたが、実際の教会をみると、とても感慨深いものがありました。だって、そのままなんですもの。

S_gogh  そのあと、”烏のいる麦畑”を通り、ゴッホと弟テオの眠る墓地を見て回ったのですが、意外にもこの”烏のいる麦畑”を描いたとされる、麦畑が一番印象深かったです。亡くなる前のゴッホも画材を担いで、この舗装もされていない、荒涼とした畑の道を歩いたのだろうかと考えると、私の中にも熱くなるものがありました。 

 私がこの畑を訪れた時には、すでに麦はなく、ただただ土がむき出しになった畑でしたが、あの”烏のいる麦畑”の絵、そのままのところだったんです。20071009_ile_de_france_051_2

 オーヴェール・シュル・ロワーズにはゴッホの主治医だったガシェ医師が住んでいました。彼は絵を書く人でもあったので、多くの芸術家との交遊があったようです。

 また、この町はゴッホ以外にも、ドービニー、コローや彫刻家ザッキン(ザトキン)などが創作活動を行ったところでもあります。

 いまはそれらの芸術家が描いた場所にその絵を入れた立て看板があり、観光しやすく整備されています。

 ついこないだのことのようですが、もう1年経ってしまったんだと我ながらびっくりします。とても素敵なところだったので、パリ近郊に行く時間があれば、ぜったいオススメだと思います。ゴッホを肌で感じられる、数少ない場所なのではないでしょうか。

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