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2012年7月30日 (月)

さらば沖縄


沖縄から帰ってきました。

あー、疲れた。

なんといってもオリオンビールの美味しさ。できたてだからでしょうか?

青い海、美しい海に囲まれ、でもやはり基地の存在はいつも感じますが、違和感を感じました。

個々に思うことはあり、いまは書きませんが、なにかできないのかと沖縄にいくと誰もが思うのではないのでしょうか。

心が解放され、それにしてもいい旅でした。

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2012年7月29日 (日)

波にゆられ、ぷかぷか浮かぶ

波にゆられ、ぷかぷか浮かぶ
沖縄に来ております。昨年に引き続き、また来てしまいました。

今年は昨年より北の恩納村に宿泊。そして、初めて沖縄に遊びにきた20年前も恩納村。泊まるのはひさびさです。

今回はANAインターコンです。やっぱり恩納村までくると海が綺麗です。万座毛が見え、大きな入り江のようになっていて、万座毛の断崖がまるでハワイのダイアモンドヘッドのよう、と思いながら、ハワイには行けないけどなかなかいい!とひとりごちておりました。ホテルは快適でどの部屋もたぶんオーシャンビュー。土曜は花火もあがるし、プライベートビーチがなんといっても美しくいいです。プールでサウンドが全くなしなのがちょっと私には残念。ジャズかボサくらいかけてほしいなと思ったり。


なかなかまだ子供に手が掛かり、優雅な休暇とはいきませんが、海で休暇を過ごす私の究極の目的は波にゆられ、ぷかぷか浮かぶこと。もともと海は真水よりも浮かびやすいのですが、今年は体脂肪が増えたのか、さらに浮かび安くなった気がします。(笑)

波にゆられ浮かぶと陽射しはぎらぎらなんですが、水の音しか聞こえない世界のなか、すべての疲れが取り除かれ気がして、私にとっては究極のリラクゼーションです。あー、気持ちよかった。このために沖縄にきたのでした。

そして、旅先では読書。以前はビーチでひたすら好きな音楽と読書でしたが、いまは全くできず、その代わり夜、波音を聞きながらの読書。

今回は後半読み残していたヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』を読了。これまた、ふーむ感慨深いストーリーでした。

今日はホテルを移動して、今年openしたばかりのダブルツリーbyヒルトンに来ました。シックなインテリア、プールがないのがなんですが、旭橋の駅前でモノレールがくるのが見え、まるでジオラマのよう。電車好きの子持ちにはもってこいのホテルです。

これから、DFSでレンタカーを返し、シュウを買いまくり。免税品は空港渡しなのでゆいレールでホテルまで戻ります。これまた楽しみです。

旅の準備もアップするはずができずじまい、失礼しました。まだ、沖縄の旅は続きます。

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2012年7月15日 (日)

親愛なるジャック

親愛なるジャック

会うべくして会う本がある。不思議とうまいタイミングでそんな本に出会ったりします。

2012年においては初めて、会うべくして会った思った本がアーウィン・ショー著『ローマは光のなかに』(原題Two Weeks In Another Town)。

主人公ジャック・アンドラスは第二次大戦前にはジェイムズ・ロイヤルという名の俳優でアメリカで活躍していた。大戦後復員した時には負傷を負い、顔の形が変わっていた。死を目の当たりにして俳優という仕事に戻る気がなくなってしまった。彼は大戦後、2回目の離婚を機にアメリカを捨てて、ヨーロッパに渡った。たまたまNATOの仕事に出会い、そこで官僚になり、3回目の結婚をしてパリに暮らすことにした。そんなある日、アメリカにいたころの友人である映画監督のデラニーに俳優の吹き替えを極秘裏に頼まれた。彼とはアメリカを離れてから数十年疎遠になっていた。そして、ジャックはデラニーが撮影をするローマのシネチッタ撮影所で吹き替えの仕事を引き受け、パリからローマへ向かった。

デラニーとジャックが組んでいた戦前の作品は素晴らしかった。最近のデラニーは気に入らないと脚本を自ら書き変えては台無しにしていた。ジャックは長年の間疎遠にしていた友情に答えるべく、ローマに来たのだった。

ローマでは着いて早々にホテルの前で知らない男にめまいがするほど殴られ、時折不気味な鼻血をだし、死ということを感じたりする。フランス人の皮肉屋で記者であり、ここ最近は戦場記者といて知られるデスピエールと再会し、その連れで会ったヴェロニカと出会い、束の間に愛したりする。そして、ヴェロニカの恋人だという青年ブレザックにナイフを突き付けられ、脅かされたりする。

そうこうしている間に突然ヴェロニカが彼らのもとを去り、ブレザックとともに彼女を探す。いつの間にか、ジャックはブレザックに1度目の結婚でもうけた自分を敵視する息子に重ねたりする。ジャックはヴェロニカを探すうちにブレザックが書いた脚本を読み、才能があることがわかりデラニーに引き合わせることにするが、その日デラニーはジャックとブレザック2人の目の前で馬から落馬し、危篤状態になる。ここでも死の予感を感じたが、死の予感はデラニーでなく、一通の封筒に最後の原稿をいれ、ジャックに渡しアルジェリアの戦場に行った、旧友デスピエールの死だった。そしてデラニーの意識が戻った。デラニーが回復するまで、ジャックがプロデューサーをし、ブレザックが助手を行うことをデラニーも認め、大筋決まったが、デラニーの妻でデラニーの浮気にもいつも耐えてきた糟糠の妻ともいうべきクララがジャックがデラニーの代わりにプロデューサーをすることを裏切りとみなし、デラニーとジャックの約束を反古し、絶交させた。デラニーも妻を前に、ジャックにローマから出て行けとしか言えなかった。

ジャックはパリに帰ることにした。ジャックは駄作しか作れなくなってしまったかつての親友が自分とまた組み起死回生を計って呼び寄せたことを知り、はじめは2週間のつもりだったが仕事を捨てて、デラニーの怪我を機にローマに残り彼の為に働きたいと思っていた。そして、自分に合わない官僚生活をもうやめにして、家族をローマに呼び寄せ、自分なりの仕事をしてもいいのではないかと思い始めていた。そしてデラニーを疎遠にした裏切りのような日々を償いたかった。なぜなら、デラニーと組んで映画をつくっていたころが彼の人生で最良の時代だったから。デラニーも昔のようにジャックと組むために呼び寄せたはずだったが、長年連れ添った妻を最後には取ったのだった。

読み進めていくと彼の人間性に魅かれていくのです。ジャックは傍から見ればバツ2で、俳優業を辞めてアメリカを去り、官僚になり、現実から逃げた人物のような印象ですが、その理由を他人には言わないけれど、彼の中にはそれなりの理由と美学があるのです。たぶんそこが他人には理解されずらいのでしょう。疎遠にしていたデラニーには伝わらなかったわけではないと思いますが、彼の妻クララには全く理解できなかったのだと思います。これは性差の問題なのでしょうか?女性だからでしょうか。

この本を読み終えたときに、私は偶然にももう5,6年会わなかった友人に会いました。私にとっても最良とまでいかなくても、いい時代であったことを間違いない時代にいつも一緒にいた友人です。私もジャックと同じような気持ちが去来しました。

悲しいことにジャックは償いを果たすことはできなかった。それは疎遠の時間が長すぎたのかもしれない、いやそれだけが理由ではないのかもしれません。私の中には(もしかするとジャックの心の中にも)真の友情があれば、何年の時間があいても気持ちさえあれば、時間は超越するはずという気持ちがあったのだと思います。でもこの小説を読んで、時間があきすぎると、相手は同じ気持ちではないこともあるし、その相手の最愛の人は自分を理解してくれることはまずないという事実があることをハッとさせられたのでした。

しかし、この主人公ジャックという人物は、たとえば『華麗なるギャッツビー』のギャッツビーや『日はまた昇る』のジェイクと並ぶほど私にとっては魅力的な人物なのです。


この小説の中に、デラニーが撮影できない間にブレザックが助手としてやっと映画界で働くことになって、貧乏生活から脱出できるようになったお祝いにブレザックとハンガリー人のブレザックの友人マックスとジャックで高級レストランの”パセット”に食事しに行くシーンがあります。私がもう10年ちかく前に初めてローマのナヴォーナ広場のレストラン”パセット”に行ったときにギャングオブニューヨークの撮影でデカプリオがこの店に来たと言われ、この店って映画関係の人がたくさん来るんだなーと思ったことを覚えてますが、その店がこの小説の中に出てきて、ワオと思ってしまいました。しかし、その後3,4年前ですがその店がぼったくりの店として、営業停止になったことを聞いた時にはすごくショックでした。


そんなことを思い出させてくれたのも、この本が会うべくして会う本だったからかしら・・・。

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2012年7月 5日 (木)

『全力おばはん』

『全力オバハン』
気持ちがへこたれたときに、いつもジャズやボサばかり聞いている私が聞く曲はスキマスイッチの『全力少年』!

この曲が好きなことだけは趣味が合わない姉と合うところ。

新しい中途社員が入ってきて、私がちょっと年上なので不満を私にぶちまける訳で、私もなんとなく言われるとふつふつ不満だったことを思い出す訳ですが、まずは他人のことを言えたものじゃないと我を振り返ります。

ビジネスはあくまでも利益をあげてなんぼと私は思う。不満をいう前に動いてみようと思うのが持論。

いま読んでいるアーウィンショーの『ローマは光のなかに』という本(この本はすごくいいので改めて書きますが…)の私の敬愛するジャックの言葉を借りれば、「(ビジネスは)家族を養い、好きな本が買えるだけ稼げばそれで充分」と思いたいところ。


煩わしさに、嫌気がさしたときにこの曲を聞くと、私はいま持てる時間のなかで自分のやれる事を全力で頑張ろうと思うのでした。仕事に限らず何事も…。

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2012年7月 1日 (日)

ストレスの解放と胸キュン?

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今日は楽しみにしていた金聖響&山下洋輔・東京フィルのコンサートでした。穴場の市川文化会館というとこだったので、前から6列目のやや左、聖響様の横顔がなんとも目論見通り、すごくよく見えました。あー、素敵でした。

音楽ついては専門的なことはわからないのですが、行くたびにあー、気持ちいい。体に音がしみわたり、なんだか心が揺さぶられて日ごろのストレスから解放される感じがします。そして、指揮するのが聖響様だとなお胸キュンで、アンチエイジング?

今回は『題名のない音楽会』のオープニングテーマでも知られるバーンスタインの「キャンディート」序曲からスタート、バーンスタイン続きでウェストサイドストーリーの曲のあとに山下洋輔さん登場で、これまた山下さんの渾身の演奏も最高によかったです。正統派クラッシックよりも私的にはなんともよかったですね。また近くで見るとオケの構成と人柄みたいなのが伝わるようで、なんとなく面白いものです。もちろん演奏会によってもメンバーは入れ替わると思いますし、結構そういうのをみるもの面白いものですね。

今回は聖響様以外にもハンサムガイな奏者にやや目を奪われたり、なんて邪道な見方と笑われそうですが、そういうのも素人にはまぁ有りということでお許しください。

とにもかくにも、いまは余韻に浸っております。一度コンサートに行かれることをおススメします。あー、素敵でした。さて、次のチケットも手に入れなくちゃ。

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