« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月29日 (土)

はじめての栗拾い

Kurihiroi今日はまだ台風も来ないので天気も良く、栗拾いに行きました。

郊外生活なので、息子の保育園の脇にも栗の木があり、そこの実がちょうど先日落ち始め、早速近所の人が取りに来て、もうほとんど実は取られてしまったあとで、一つも手にできなかった息子が栗拾いに行きたいと言うので、近辺でないか探したところ、車で10分くらいのところに栗園があり、今日早速行ってきました。

私にとっても生れて初めての栗拾いで、落ちたものを拾うとは聞いていたのものの、たくさん落ちているし、イガは思った以上に刺さると痛いし、あそこまで落ちているとどれを取ればいいのか悩むほどです。選りすぐりのを1.5キロ程拾い、量り売りで900円で分けてもらいました。入園も無料なんです。高いのか安いのかはわかりませんが、なかなかおもしろかったです。

帰宅して、グリルで焼いて焼栗をいただき、残りは圧力がまで茹でて、これからせっせと皮をむく予定です。私は栗の甘い菓子が(たとえばモンブランとか、栗きんとん)苦手なので、甘くせずに料理にうまく使えないか考えていますが、まずは皮をむかないと・・・。
Kuri

栗拾いって、秋らしくていいですね。


Kurikuri_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月27日 (木)

揺さぶられる

揺さぶられる
私がアーウィン・ショーの作品を読んだのは今回で二冊目。

こないだの『ローマは光のなかに』はたまたまローマを舞台にした小説を読みたいと思って、検索していたら見つけたのでした。思いがけず、いい作品でいままで全くアーウィン・ショーを知らなかった自分の無知を感じたりします。その解説にショーの傑作と言えば、ルーシィ・クラウンとあり、早速の購入したのでした。

今回読んだ邦題『ルーシィ・クラウンという女』はなんというのか、途中から登場人物達の苦しさが読者にも乗り移ってしまうような切迫感があり、私もこの数日苦しい気持ちが続いていました。実家の母に夜遅くまで本を読んだりしてないで早く寝なさいと、私の生活ぶりを見てもいないのにまさに的中で指摘されて、はっとしながらも、翌朝だるさに苛まれても、読まずにはいられませんでした。

冒頭はパリのナイトクラブのバーで夜食を取りに寄った美しかったであろう女。そして、その女は店主にカウンターに座っていたハンサムな男の名前を聞く、店主はその女に彼には素敵な妻がいると忠告するがその女の名前はルーシィ・クラウン。そのカウンターの男は自分の息子だと言うところから始まる。

時間を遡り、舞台はニューヨークの郊外の避暑地。オリヴァ・クラウン、妻のルーシィ、13歳の息子のトニィーは夏を別荘で過ごし、オリヴァは仕事のために自宅に戻り、ルーシィとトニィーはそのまま別荘に残ることになった。というのもトニィーは重い病気からやっと快復したところでもう少し静養させたかったこともある。それでも秋からまた学校も始まるので、いままでの療養中に母とべったりになってしまった息子を普通の子供と同じような生活にし、活発さと自信を取り戻すようにとオリヴァはブラウン大学に通うジェフという青年を選び出し、オリヴァのいない別荘での日々を過ごす家庭教師兼遊び相手として雇った。ルーシィはこの夫オリヴァの独断を受け入れがたかったが、トニィーがあっという間にジェフと意気投合し、楽しく過ごしているので受け入れ、早速オリヴァに手紙でうまく行っていると伝えたのだった。それから間もなくジェフがルーシィを実は昨年もこの別荘地で見かけ、恋い焦がれていたことを告白し、ルーシィは冗談として受け入れなかったが、オリ
ヴァとの些細ないさかいをきっかけに、ジェフと関係を持ってしまい、
そのことをトニィーの友人でジェフに憧れる少女スーザンが目撃し、トニィーもルーシィとジェフが二人で裸でいる現場を目撃してしまう。トニィーは理由も言わず電話で父オリヴァを別荘に呼び、ことの次第を話した。そして、オリヴァは二週間ルーシィとトニィーの二人を別荘に残したまま、自宅に戻り、考え抜いたあげく、結局はルーシィを許すと決断して二人を自宅につれ返すつもりで別荘に戻った。二週間の間のルーシィとトニィーはいままでの母と子の関係が全く崩壊し、トニィーはルーシィに話しかけなくなった。そしてトニィーのルーシィに対する軽蔑の眼差し。ルーシィはオリヴァに別れたいと言った。オリヴァと別れないなら、もう息子とは顔を合わせないと決めたと告げ、別荘に残った。オリヴァはルーシィを尊重し、自宅にトニィーだけ連れ帰り、トニィーは秋から寄宿学校で過ごしはじめた。

それから、ルーシィとトニィーが会うことはないまま2年ほど経ち、トニィーが16歳の感謝祭にオリヴァはいつものように学校に面会に行き、そのままトニィーを寄宿学校の置いたままにするつもりでいたが、息子の成長を見て、自宅に急に連れて帰りたくなった。ルーシィはオリヴァと二人で旅にでるつもりだったので、トニィーの帰宅に困惑したが、感謝祭らしい手料理を作ったりして一件穏やかそうに過ごしたが、珍しくその日に限ってオリヴァの知人とフットボール観戦で会い、その知人と娘が親しげに自宅にやって来た。その下品な知人と親しげにやり取りする父を見て、トニィーはかつての非の打ち所のないかつての父でなくなったという印象を受け、ルーシィにこんな父にしたルーシィを恨む、もうルーシィと縁を切りたいという言葉が辛うじて消されていた置き手紙を残して、寄宿学校に帰っていった。

それからいろいろな事が置き、母子はあわないで15年以上の時間が過ぎた。トニィーは戦死したオリヴァの葬式にも来なかった。

そして、パリのナイトクラブのバーでの目撃。そして、再会するが…。

再会に至るまでの、そのオリヴァ、ルーシィがそうなるに至ったいきさつ、生い立ちなどが回想され、ルーシィは一人になり、息子に再会し、そこでも二人の関係は一筋縄では行かず、ルーシィの気持ちの全告白があり、もうそのころには読者も打ちのめされ、苦しさの中にもがくという感じでした。

結局のところ、その夏の"よろめき"(訳者が使った言葉)が一家を打ちのめし、崩壊させ、それぞれに罪を負い生きた長い歳月が書かれており、もう久し振りに私も読者として打ちのめされたのでした。

こんな小説も絶版になってしまい、残念でなりません。私が欲しいと思う本は絶版ばかり。このごろ気になる本で絶版になっているものはすぐ買わなくちゃと断捨離アンながら思ってしまいます。

2012年の私の一冊は『ローマは光のなかに』だと思っていましたが、断然『クラウン・ルーシィという女』です。(英語の原題が"クラウン・ルーシィ"なのに、"という女"と付けるのは何故かなと思いましたが、読み終わるとなんとなく訳者の気持ちがわかります。)

苦しくなりますが、心を揺さぶられる一冊です。
今年一番のお薦めです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月21日 (金)

日本の焼き物に興味を持ち始める

日本の焼き物に興味を持ち始める
こないだ買えなかった小鹿田焼の刷毛目のお皿を窯元から取り寄せました。うっとりします。

やっと秋風邪が吹いてきたような気もしますが、なんとなく蒸し蒸ししますね。

あー、来年は40だと思うとなんだかあくせくした日々の生活にこれでいいのか、とか思ったりします。

先日のバーナード・リーチ展から、彼の作品の温かみやそのライフスタイルにすごく感化されて、彼が参加した民芸運動や彼が影響を受けた(与えた)窯の作品が最近気になってしかたありません。いままで西洋の陶器のほうが興味が強かったのに不思議です。


今週の日曜美術館ではバーナード・リーチの特集で、民芸運動とは民衆工芸の端の言葉をあわせて民芸としたと知りましたが、その民衆の手作りの温かさと素朴さ、さらに機能美を併せ持つ工芸品に異様な程、惹き付けられる私がいます。


その後も気になり、布志名焼や沖縄のやちむんをチェックしたりしています。もっと早くバーナード展を見に行っていたら、やちむんをもっとちゃんと見て来ただろうと悔やまれます。


スローライフでない私の生活では電子レンジを使うことも多く、気に入った陶器はレンジにかけたくないので、そうすると電子レンジ用の皿はまた別に必要になったりします。やや矛盾も感じます。スペースもないので今まで使っていた物をしまったりして、入れ替えたりしています。

手作りの温もりある陶器を日々使い、好きな本に囲まれ、スローライフを過ごせたらどんなにいいかなと思います。

あー、陶器に出会いに旅に出たい。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2012年9月 6日 (木)

バーナード・リーチ展に行ってきました。

Main_img_2

今日は会社が終わって、時間がないので銀座から日本橋まで歩く時間も惜しんで、タクシーに乗って、日本橋高島屋の8階でやっている『バーナード・リーチ展』に行ってきました。

たまたまお客様に展覧会をやっている話を聞き、行きたい!という話をしたら、早速チケットを届けてくださいました。バーナード・リーチは大正のころ、我孫子の柳宗悦のもとにきていて、民藝運動の中心人物でしたのでしたので漠然と気になっていました。このバーナード・リーチ展ですが、予想以上に素晴らしかったです。90代前半まで生きたリーチですが、年を追うごとにさらに作品が洗練をされていくような感じがしました。日本の陶芸の窯に与えた影響は大きく、いまでもリーチの教えを作品に引き継いでいる窯もあり、会場外の販売コーナーも民藝運動に影響を受けた窯や工房の工芸品の品物が買えます。

私は松本民藝家具の家具と小鹿田焼と布志名焼という陶器がとても気に入って、とりあえずは小鹿田焼の小皿を買って帰ってきました。ですがもう少しゆっくりみたいと思っていまい、改めて土曜あたりに行こうかとも考えています。落ち着かない子供を連れていきたくないんですが、しかたないですね。笑

本当に”用の美”というのがわかる作品で、やはりこういうものを使っていたら、日々の生活が心平穏に営めそうです。こうゆうぬくもりややさしさを感じるような作品はリーチが言っていたように手仕事でしか作れないのかもしれないなって実感できるのです。本当です。ぜひ、生で見てください。

3
←小鹿田焼の小皿


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月 2日 (日)

断捨離すると欲しいものが見えてくる・・・

もう8月も終わってしまいました。
なんとなく、もやもやしてきた今日この頃。大宮エリーさんが広告代理店時代に理不尽な思いをしたことがあると書いていた雑誌のコラムを読んで、サラリーマンってほんとそんなことあるよなーなんて思ったり、なんだかなーとか思うのでした。あーやだやだ。

そんなもやサマな私は、断捨離を先週からやってますが、こないだの洋服の段ボールは16点で3,500円程になりました。これは要らない、コンマリさんみたいに、「うーん、ときめかない。」とか荷物を分けていると欲しいものが見えてきました。こう書くと哲学的になにか見えてきたのかなと思われがちですが、ぜんぜん俗物的です。欲しいと思ったのは黒のゴヤールサンルイのPM。
2

最近は四十肩になってしまって治らないし、リードクラッコフもなにも、私の肩には負担が大きく(おばさん臭っ)、やっぱり軽いのが一番!!と、何としても欲しくなって。今日はもう使わなくなったヴィトンのモノグラムやら、イタリアで買ったフルラのバックやら、片方だけの18金のピアスなど段ボール大に1箱、みんな出して、それと引き換えにゴヤールを買いました。さて、不用品はいくらになるのやら。意外にも買取に出したものって、3日もすると何出したっけという感じで、思い出せなかったりするから、もう手放しどきなのかもしれません。

今回はパリに行く予定もないので、リサイクルのブランディアでややきれいめの中古のサンルイを購入しました。五万位。今はパリの本店の定価は700ユーロ位らしく、免税も入れると私が買った頃よりは安いので行く人があったら頼もうかとも思いましたが、お礼など考えるとそんなに安く済むわけでもないので、もう買っちゃいました。3つ目のゴヤールはそれほどの意気込みもないので、中古品でもぜんぜんOK。毎日使うので、多少のことはいいんです。

私の要らなくなったものはリサイクルに出すし、欲しいものがあれば買う。これってお互いに都合のいいシステムだって思います。コートの買取が200円だったのに6,500円でサイトに出ていた時には、ちょっと乗せすぎじゃなーいとその利幅にかなりびっくりしましたが、自分がビジネス始めるならこういうのも面白そうだなとか想像したり。なんだか楽しいです。

ストレス発散に物を買うのは断捨離という言葉とはかけ離れていて邪道ですね。(私はややそういう傾向がありますが。)でも、物を減らして、使うものを身近に置き、仕舞いっぱなしの物を手放すと、なんだか気持良い風が流れる気がしますね。

そして、無駄遣いしなくなったお金はユニセフマンスリーサポートプログラムへ。毎月たった1,000円から。自己満足の域かもしれないけれど、それぐらいしかできなくても、気持ちがまずは大事ですね。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »