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2014年11月15日 (土)

私的回想 1989

私的回想 1989
今日は久しぶりに港の見える丘公園にきました。「須賀敦子の世界展」がやっているからです。

それにしても港の見える丘まで上がるのは何年ぶりでしょう。下の元町までは行ってもあがることはなかったので、おそらく、10年以上ぶりです。いやもっとかも。

よく港の見える丘にきたのは1989年のベイブリッジ開通の1,2年。

1989年は1月に昭和から平成に年号が変わり、11月にはベルリンの壁が崩壊しました。ベイブリッジは9月末に開通しました。

あの頃の私は高校1年生。人生で初めておつきあいした当時の彼とよく開通したばかりのベイブリッジを眺めにこの公園に出掛けたのでした。いまじゃ信じられませんが、ベイブリッジに車を止めて港を眺めたりしました。(ちなみにベイブリッジは高速道路です!その当時はみんなそうしていました。)

あの頃はなんだかおとぎの国のように見えた公園が大学生になり、その後も行くたびに特になにも感じなくなっていきました。それから行くこともなくなり、もう何年も。

あの頃の私はまだ子供で文学青年だった彼と文学について全く話すこともなく、なんだかまともな会話も出来なかった気がします。大学も3年を過ぎた辺りからやっと読書するようになったのでした。彼が好きだった神保町にもよく行くようになったし。

ずっと心の中に、あの文学青年だった彼ともう少し大人になって再会していたら、どんなに話ができただろうとか、当時の担任だった社会の先生があのベルリンの壁の崩壊をどんな風に感じたのか、自分の思想を押し付けたり、どんな思想を持っているか披露する人ではなかったけれど、確固たる考えのある人だったので、聞いてみたかったなど、たまに考えたりします。

生きていても会いたいと思っても会えない人というのが、何人かいますね。恋愛感情のひきずりというわけでなくて、単純な人間関係を取り戻したくても会えなくなってしまった人。最近、このままどうにもしなければ、会えないまま人生が終わってしまうのかもと思ったりします。いつもは日々の生活ばかりで、そんなことを考えている暇もないんですが。

「多崎つくる」のようになにかの掛け違いや知らない間に他人を傷つけていたりするケースがあったり、単なるプライドで、自分から切り出さないまま、会わなくなってしまったなど、原因は無数にあると思います。

久々に港の見える丘に立ったら、ふと25年前の記憶がよみがえり、なんだかノスタルジーにやられてしまいました。

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コメント

うめめだか様

このようにお過ごしでしたら大切な年ですよね。わたしまでハートがキュンと痛みました。それは始まりの年号ですもの。

私にも離れてしまった人達がいますが同じようなことを考えます。

当時の彼にわたしなら一度は連絡しています。ずっとそう思い続く人っていないですもの。

横浜まで行かれたのですね。澄んだ空気で綺麗な景色のお写真で私もお出かけしたくなっています。(思い出すと付き合ってきた人と横浜に必ず行ってます(笑)ちょっと遠出に丁度いい距離なのですかね)

投稿: 黎 | 2014年11月18日 (火) 01時15分

黎さん
コメントをありがとうございました。
すこし遅くなりましたが、横浜にはその日さらに神奈川フィルの金聖響指揮のコンサートがあったんです。金様が再婚したというのを薬指の指輪で知りました!

そうですね。ひさびさ山手にあがったら、思いがけず、正直期待してなかったので、すごくよかったです。

私はこの先も連絡を取らないと思います。そもそも連絡先をすべて捨ててしまったので、全く手がかりがないからかもしれません。

もし会えるなら、付き合いが始まったときのように細い裏通りで偶然にまた再会したいです。

投稿: うめめだか | 2014年11月22日 (土) 10時52分

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